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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)5129号 判決

原告 上田幸三郎 外一名

被告 旭タクシー株式会社

主文

被告は、原告上田幸三郎に対し金十八万五千九百二十円、同上田トメノに対し金十五万円及び右各金に対する昭和二十八年七月三日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員をそれぞれ支払うこと。

原告等のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その一を原告等の負担とする。

この判決は、原告等の勝訴部分にかぎり原告等に於て、各自金三万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、被告は原告上田幸三郎に対し金四十八万九千四百八十四円、同上田トメノに対し金四十万円及び右各金に対する昭和二十八年七月三日から右支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払うこと、訴訟費用は被告の負担とする、との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  被告会社はタクシー営業を営む会社であるが、その被用者である自動車運転者訴外金山正男は、被告会社の事業の執行として、昭和二十八年七月二日午後五時十分頃大三-二七、七二八号普通乗用自動車(以下被告は動車と称する)を運転し、大阪市西区江戸堀南通二丁目三十七番地先附近の幅員約八米のアスフアルト道路を東進中、前方約五、六十米の道路左端に宣伝自動車が東面して停車し放送宣伝をしており、その反対側即ち道路の右端には貨物自動三輪車が四面して停車しているのを認めたが、別に危険を感ぜずそのまゝ進行し、右宣伝車の手前約五米に到つて一旦停車した。その際同車の直後に約二、三十人の子供が群がり騒いでおり、又右自動三輪車の前面にも数人の大人が佇立し右宣伝車の方を眺めているのを認めたが、右両車間の間隔が約三米あつたので、訴外金山はその間を通り抜けようとした。このような場合自動車運転者としては警笛を連続吹鳴すると共に最徐行し、且つ左右前方を十分注意し、危険な場合は何時でも急停車等適宜の措置を講じ、以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかゝわらず、訴外金山は時速七、八粁の速度で左前方即ち右宣伝車の方にのみ注意し、右前方の注意を怠り進行した過失により、折柄進路前方を南から北に向い道路を横断中であつた原告等の二男上田真三(当六年)を約一尺手前に接近するまで発見せず、これを認めるや急停車の措置を採つたが及ばず、被告自動車の右前バンバー附近を同人に衝突させてその場に転倒させた上約二米引措つて停車した。右事故により同人は肺臓及び肝臓破裂による出血失血のため同日午後五時四十分大阪市西区土佐堀町新大阪病院に於て死亡するに至つた。

(二)  以上のように本件事故は、被告会社の被用者である訴外金山正男の過失に基くものであつて、又被告会社の業務の執行につき生じたものであるから、被告会社は原告等がこれによつて蒙つた損害を倍償すべき義務があるものといわなければならない。

(三)  而して、原告幸三郎は右上田真三の葬祭費用金八万九千四百八十四円を支出した上、原告両名は右真三の死亡により多大の精神的苦痛を受け、右苦痛は各自金四十万円の支払を受けることにより僅かに慰藉されるものと考える。

(四)  よつて、被告に対し原告幸三郎は右葬祭費用金八万九千四百八十四円及び慰藉料金四十万合計金四十八万九千四百八十四円、同トメノは右慰藉料金四十万円並に右各金に対する本件事故発生の翌日である昭和二十八年七月三日から右支払済に至る迄年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払を求める。

旨陳述した。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とする、との判決を求め、原告等主張の請求原因事実中、被告会社がタクシー営業を営む会社であること、被告会社の被用者である自動車運転者訴外金山正男が原告等主張の日時場所に於て被告自動車を原告等の二男上田真三(当六年)に衝突させ、よつて同人が同日原告主張の場所に於て死亡するに至つたこと及び本件事故は被告会社の業務の執行について生じたものであることは、いずれもこれを認めるが、其余の事実を争う。なお、

(一)  本件事故は訴外金山正男の過失に基くものでなく、不可抗力によつて生じたものである。即ち、訴外金山は被告自動車を運転して本件事故現場に接近した際、周囲の事情を判断して危険を感じ一旦停車し、更に警笛を吹鳴しながら最徐行をしていたものであつて、自動車運転者としては必要な注意を怠らず又適切な措置をも講じたものであるから自動車運転者としての過失はない。却つて、右上田真三は監護を要する幼児であつて、危険に対する認識及び判断を欠き、被告自動車の進行方向に突然行動を起し、その進路に突入し、しかもそれが自動車の運転死角内に突入したゝめ、運転者としてはこれを避ける方法がなく、遂に本件事故が発生したものであるから、全く不可抗力によるものといわざるを得ない。

(二)  仮に、本件事故について訴外金山に過失があつたものとしても、被告会社が運転者を選任するについては常に本人の個性、習癖及び注意力等について調査を遂げ、運転者としての適否を決した上で採用しているばかりでなく、採用後に於ては常に運転者を集めて訓示し、又事故者に対しては減俸等の処分を以て臨み、或は運転者に充分な休養を与える等あらゆる方策を講じて事故防止に努めていたものであるが、右訴外金山についてもこれに従つて選任し、前示のようにして監督を怠たらなかつたものであるから、被告会社は同訴外人に対する選任及び監督について相当の注意をしたものというべく、従つて被告会社には本件事故による損害賠償の責任がない。

(三)  又右抗弁が理由がないとしても、右上田真三は当時六歳の幼児であり監護を必要とするところ、原告等は同人を車馬の交通繁頻な本件事故現場に監護者を付添わせず外出させたため、本件事故を惹起したものであるから、原告等は監護者としての注意義務を欠いていた過失があるものというべく、従つて損害額算定についてはこの点を斟酌さるべきものである。

旨陳述した。〈立証省略〉

理由

被告会社がタクシー営業を営む会社であること及び被告会社の被用者である自動車運転者訴外金山正男が昭和二十八年七月二日午後五時十分頃大三-二七、七二八号の被告自動車を運転して大阪市西区江戸堀南通二丁目三十七番地先道路を東進中、原告等の二男上田真三(当六年)に被告自動車を衝突させて転倒させ、これがため同人が肺臓及び肝臓破裂による出血失血のため同日午後五時四十分頃同区土佐堀町新大阪病院に於て死亡するに至つたことは当事者間に争がない。

よつて、本件事故は右訴外金山正男の過失に基くものであるかどうかについて按ずるに、右事実に成立に争のない甲第一号証乃至第九号証及び証人金山正男、同真杉靖郎の各証言を綜合すれば、訴外金山は昭和二十八年七月二日午後五時十分頃大三-二七、七二八号の被告自動車を単身運転して大阪市西区江戸堀南通二丁目三十七番地先の幅員約七、八米の直線平担なアスフアルト補装道路を時速約十五粁の速度で東進していたところ、前方約五、六十米の道路左端に普通バス大の宣伝車一台が東面して停車し放送宣伝中であり、その直後には約二、三十人の子供が群り騒いでおり、その反対側即ち道路の右端には貨物自動三輪車一台が西面して停車しているのを認めたこと、その際同訴外人は何等の危険をも感ぜずそのまゝ道路の中央を東進したが、右両車の間隔を見るため右宣伝車の約五米手前で一旦停車したところ、右前方では依然として宣伝車が放送宣伝中であり、子供等が騒いでいたのみで道路の中央辺には歩行者も見当らず、又右前方の自動三輪車の前方には二、三人の大人が佇立して右宣伝車の方を眺めているのを認めたが前方道路上に何等の障害物をも認めなかつたこと、そこで、右両者の間隔を目測したところ、約三米あり、被告自動車は幅約一、五米なので充分通過し得るものと考え、時速七、八粁の速度で警笛を吹嗚しながら(警笛は附近の騒音のため殆んど聴きとれない状態であつた)両車の間を東進したが、被告自動車は運転手席が左側にあるため左側が見易く、且つ左側には前示のように約二、三十人の子供が騒いでいたので、同訴外人は右前方を見ることなく、左前方のみを注視していたところ、右自動三輪車の前部と被告自動車の前部とか殆んど一直線になろうとした時被告自動車の右前照灯の直前約一尺位の処に右自動三輪車の方から宣伝車の方に向う上田真三の頭部を発見したので、急停車の措置を採つたが及ばず、被告自動車の右前バンバー附近を同人に衝突させて同人をその場に転倒させた上約二米位引摺つて停車したことが認められ、これに反する証拠がない。

思うに、自動車運転者が前示状況のように前方に宣伝車が停車して放送宣伝を行つている箇所を進行する場合には、警笛も効を奏せず、これに群がつている子供等も何時意表に出る行動を起すかも予測できないから、単に警笛を吹鳴するのみでなく、十分左右前方を注視し、急停車措置が直ちに効力を生ずる程度に減速すると共に、群集の行動を速かに看取しこれに即応する適宜の措置を講じ、以て事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるものというべきところ、前示事実によれば、訴外金山は左前方の宣伝車の方のみを注意し、右前方に停車していた自動三輪車の方の注視を怠つていたゝめ、右自動三輪車の方から宣伝車の方に向う右上田真三をその前方約一尺位の箇所に接近する迄発見できなかつたゝめ本件事故が発生したものというべきであるから、本件事故は右訴外人の過失に基くものといわなければならない。

被告は、右上田真三が突然被告自動車の運転死角に突入したゝめ運転者としてはこれを避ける方法がなかつたから、本件事故は不可抗力によるものである旨抗争するが、訴外金山が右真三を発見し急停車の措置を講じたがその惰力により右真三との衡突を避けることができなかつたであろうことはこれを看取することができるが、しかし、本件事故は前示のように訴外金山が右前方の注視を怠り右真三を右前方約一尺位の箇所に接近する迄発見できなかつたゝめ急停車の措置が効力を発しなかつたことに基因するものであるから、本件事故は不可抗力によるものと認め難く、その他被告の全立証によつても本件事故が不可抗力によるものであることを肯認することができない。

而して、本件事故は被告会社の被用者である右訴外金山が被告会社の業務の執行について惹起したものであることは当事者間に争がないところ、被告会社は訴外金山の選任監督につき相当の注意をした旨抗争するので按ずるに、証人太田祝次郎の証言によれば、被告会社が自動車運転者を傭い入れる際には運転者に履歴書、調査書類等を書かせ、その者の二、三年前迄の勤務先について調査し、且つ運転技術について実地のテストを行つた上採用し、採用後に於ては毎朝無事故の格言、標語を朗読させた上勤務に就かせていたこと及び訴外金山についても右に従つて採用し、且つ監督をしていたことが認められるが、これ等の事実のみでは未だ右訴外人の選任監督について相当の注意をしたものといゝ難く、却つて前示のように訴外金山が前方注視義務を怠り本件事故を惹起した以上被告会社に同訴外人の選任監督について過失があつたものというべきであるから、右抗弁は採用できない。

そうすると、被告会社は右訴外金山が本件事故により原告等に加えた物心両面の損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

よつて、進んで損害額について審究するに、先ず、成立に争のない甲第八号証、証人児玉利一の証言及び原告本人上田幸三郎の供述によれば、上田真三は原告等の二男であつて当時幼稚園に入園しており相当怜悧の性質であつたので将来を嘱望していたところ、本件事故のため死亡し、これがため原告幸三郎は自殺を思い立つ程の精神的打撃を受け、又当時臨月であつた原告トメノは本件事故による衝撃のため大手術をしなければならなかつた程の難産で一時は生死をも危ぶまれたこと、原告幸三郎は肩書住所に時価三十万円位の木造瓦葺二階建家屋一棟を所有し、繊維品販売業を営む山下万株式会社に勤務し月収金二万五千円を得ていることが認められ、又証人太田祝次郎の証言によれば、被告会社は昭和二十三年五月設立され、現在資本金四百万円を擁し、稼働自動車三十八台を以てタクシー営業を営み年間利益金三百万円を挙げていることが認められ、これ等の事実と本件事故の態様とを綜合すれば、原告等に対する慰藉料の額は各自金二十万円を以て相当とする。

次に、原告本人の供述によつて真正に成立したものと認むべき甲第十号証及び同供述並に証人児玉利一の証言を綜合すれば、原告幸三郎は右真三の葬儀につき、葬儀飾付費金一万円、大々樒代金三千円、生花代金三千円、礼状封筒代金七百円、自動車賃金三千五百円、米代金三千六百円、二箇寺費用金六千三百円、告別式食費金五千円、手伝人食費金千六百九十円、線香代金六百三十円、酒代金千九百円及び調味料金六百円、合計金三万九千九百二十円を支出したことが認められるが、原告等主張の其余の支出はこれを認むべき証拠がない。而して原告本人上田幸三郎の供述によれば、同原告は右葬儀について香料として金三万円を収受し、香典返しとして金二万六千円を支出したことが認められるから、結局原告幸三郎は右葬儀費として金三万五千九百二十円を支出したものというべく、従つて同原告は本件事故により前示慰藉料の外右同額の損害を蒙つたものといわなければならない。

被告は、本件事故については原告等にも亦過失があつた旨主張するのでこの点について按ずるに、本件事故当時右上田真三が六歳であつたことは当事者間に争がなく、本件事故現状が車馬の交通頻繁な箇所であることは原告本人上田幸三郎の供述によつてこれを認めることができるから、右真三を本件事故現状附近で遊ばせるには監護者である原告等に於ても事故防止に留意し充分な措置を講ずべき義務があるものというべきところ、原告本人上田幸三郎の供述によれば、同原告は常にその妻である原告トメノに対し右真三の監護を怠らないよう注意をすると共に、真三にも道路上で遊ばないように注意を加えていたことが認められるか、右事実のみでは未だ監護義務につくしたものとはいゝ難く、他に本件事故防止について特段の注意をしたことが認められないから、本件事故については原告等にも亦過失があつたものというべきである。

よつて、原告等の右過失を斟酌し、本件事故についての損害賠償額は、原告幸三郎に対しては金十八万五千九百二十円、同トメノに対しては金十五万円を以て相当と認める。

以上の認定によれば、被告は原告幸三郎に対し金十八万五千九百二十円、同トメノに対し金十五万円及び右各金に対する本件事故発生の翌日である昭和二十八年七月三日から右支払済に至る迄年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払をすべき義務があるものというべきであるから、原告等の本訴請求は以上の限度に於て正当としてこれを認容し、其余の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 坪井三郎)

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